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2025年7月8日公開
CLOSE UP!医学・医療を支えるメディカルイラストレーション
学術論文や教科書、医療関連の資料などで幅広く活用されているメディカルイラストレーション(MI)。
手術記録や患者さんへの説明などで医師自身がイラストを描く機会も多いことから、
近年はデジタルツールを用いたMI制作への関心も高まっています。
ここでは日本におけるメディカルイラストレーター(MIr)の第一人者であるレオン佐久間先生に、
MIの役割や国内外の状況、そして実際にMIを描く際の要点やコツについて、お話を伺いました。

PROFILE
レオン佐久間先生
1948年生まれ。兵庫県芦屋市出身。日本経営新聞社編集部を経て、1978年よりフリーイラストレーターとして医学雑誌などでメディカルイラストレーションを手掛け、現在も活動中。2011~2020年川崎医療福祉大学 教授・特任教授、2020~2023年川崎医科大学 学長付特任教授、2021年よりL&Kメディカルアートクリエイターズ株式会社 取締役。日本メディカルイラストレーション学会 初代会長ほか、所属学会多数。
Q1MIにはどのような役割があるのでしょうか?
MIは、文章だけでは伝えきれない情報を可視化するツールであり、医学・医療の進展に不可欠なものと考えています。視覚的な情報を伝えるツールには写真や動画もありますが、画面に映っている情報を正確に伝えられる反面、画面の外にあるものや表面にないものは伝わらず、十分に理解できないことがあります。これに対して、MIは本当に伝えたい部分を強調したり、不要な部分を省略したりすることで、画面に映らないポイントまで表現できます(図1)。
MIが使われる場面としては、外科の術式解説などがよく知られていますが、実際は内科やリハビリテーションなど多様な領域で活用されています。たとえば、脳梗塞を発症した患者さんに特有の表情を表現したい場合、写真では発症前との違いがわかりにくいのですが、MIならば「目が少し落ちくぼんでいる」など重要な点を強調することでよりわかりやすく示すことができます。
このように、MIでは医師が伝えたい情報を的確に表現することが求められます。どんな超絶技巧を用いたとしても正しく伝わらなければ意味がありません。その点で、一般のイラストとは異なり、MIは「アート」ではなく「科学」であると私は考えています。
欧米では、古くからMIの重要性が認められ、1911年には米国のジョンズ・ホプキンス大学にMI教育の専門プログラムが開講されました。MIrの職能団体も組織されており、社会的地位・権利が守られています。
海外の学術誌では図版の質やオリジナリティを重視する傾向があり、図版の質が低いことを理由に投稿論文が受理されないケースも少なくありません。だからこそ、高度な医療知識を持つMIrが必要とされ、専門職として認められているのです。
一方、日本ではこれまで大学などでMIを専門的に学べる場はなく、医師やイラストレーターが独自に技術を磨くしかない状況でした。しかし近年、川崎医療福祉大学の医療福祉デザイン学科にMIを学べるコースが設置されるなど、欧米に倣いMIやMIrの専門性を確立しようとする動きが出てきています。
レオン佐久間先生の作品(乳腺手術、消化管・腸と胃)

乳腺手術

消化管・腸と胃
提供:レオン佐久間先生
Q2質の高いMIを描くために、大切なことは何ですか?
私自身がMIを描く際に大切にしていることは、「正確な絵」ではなく「正しい絵」を描くということです。解剖図のように、すでに学術的に確立されている図版を正確にトレースすることは、プロのイラストレーターであれば誰でも可能です。MIrの役割は、依頼者である医師や医療従事者の「ここを示したい」「これを知ってほしい」という意図を、正しく形にしていくことにあります。
そのためには、依頼者が求めるニーズを理解できるだけの医療知識とコミュニケーション力が必要です。さらに、依頼者の意図を正しく、よりわかりやすく表現するために構図や見せ方の提案が行えることも大切です。深い専門知識と経験、応用力が求められますが、これこそがMIrの存在意義であると考えます。
作画については、私の場合、依頼を受けたらまずは論文などの情報を読み込み、依頼者が伝えたいことは何かを考えて、構図や見せ方を決めていきます(図2)。実は、ここまでが作画期間の8割を占めており、残りの2割の時間で絵を仕上げます。
依頼者に提案する際には、ラフではなく完成に近いイラストを提示します。多くの医師はイラスト制作には不慣れなため、ラフの状態では建設的なやり取りができません。完成に近いイラストを示して初めて、「膵臓の向きはもう少しこちら側に」「ここに糸が入るので2ミリ位置をずらして」などと、具体的な修正指示を出すことができます。こうした細部のやり取りを経ることで、依頼者の意図を正しく表現したイラストが完成します。
一般に、イラスト制作時には依頼者との間に編集者が介在することもありますが、私は直接やり取りさせてもらうようにしています。ちょっとした雑談から有益な情報を得られることもあり、こうした依頼者とのキャッチボールが質の高いMIを描くうえで重要であると考えています。
メディカルイラストレーション制作時の工夫
腹腔鏡下膵体尾部切除術
ドクターの下図

authorの論文原稿を読み、簡単なスケッチから当該Figの要点を把握して構図を模索し、ベストアングルを作図していく。

膵臓に隠れて見えない部分を図示し、筆者論文のオリジナリティを重視した表現を心がける。
解剖学的に齟齬がないようデフォルメする。
膵臓内の膵管・胆管

全体のイメージを損なわず、部分的に断面表現をすることで要点をわかりやすくする工夫を行っている。
提供:レオン佐久間先生
Q3医師が自分でイラストを描くときのポイントを
教えてください。
私は本来、最も的確なMIを描けるのは医師自身だと考えています。実際、周囲の医師から「自分で絵を描けるようになりたい」という声を聞くことも多く、不定期ですが医師を対象としたセミナーを開催しています(図3)。
セミナーでは、イラストの基本的な描画方法を説明したうえで、鉛筆で「ラフ」を描いてもらいます。最近ではタブレットなどのデジタルツールを使う方が多いですが、下描きまでの過程は鉛筆と変わりません。また、自分の手を動かして描いていくことで、イラストで伝えたかった内容があらためて頭に入ってきます。
医師向けMIセミナーの風景



提供:L&Kメディカルアートクリエイターズ
株式会社
セミナーで上達のためのコツとしてお伝えしているのが、「ラフ(アタリ・大ラフの作成)→下描き(線を引く)→仕上げ(着彩など)」の3段階で描いていくことです(図4)。まず「アタリ」として、丸や四角などの単純な形で、これから描くイラストの位置や大きさを決めます。次に、「大ラフ」として線をどのように入れるかを検討します。このとき、「自分が本当に伝えたいこと」を念頭に試行錯誤することが重要です。そうして完成したラフを基に「下描き」→「仕上げ」へと進めていきます。3段階と聞くと面倒に感じるかもしれませんが、いきなり線画で臓器の形を描いていくと、途中で構図などを変更できず、かえって時間がかかります。
こうして描くコツを知ることで、イラストの精度は格段に向上し、誰でも海外の学術誌に掲載できるレベルまで到達可能です。そうなるとMIrの出番がなくなるように感じますが、そこからさらにブラッシュアップして質の高いイラストにしていくことが私たちの仕事だと考えています。
アタリとラフの例(大腿骨)

平面アタリ

立体アタリ

形見当

大ラフ

画面整理

ラフ

完成
提供:レオン佐久間先生
Q4レオン佐久間先生が考えるMIの将来像を
教えてください。
先述の通り、日本ではまだMIを学べる場が少なく、MIrも欧米のように専門職として確立されていない状況です。MIrの存在を知らない医師も多く、「自分の思い通りの絵を描けるイラストレーターはいない」とあきらめている方が少なくないと聞きます。こうした状況を変えるため、2017年に日本メディカルイラストレーション学会を立ち上げ、医師とイラストレーターの双方がMIを学べる環境を整える活動に取り組んでいます。
MIrはアーティストではなく「職人」です。科学の分野でより多くの人にMIを役立ててもらうために、「マイスター」を増やしていきたいと考えています。
2025年7月作成
17955-1 B3 GT