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- 女性アスリートと月経困難症(Vol.11 No.1 最新医学レポート)
2022年8月16日公開
女性アスリートと月経困難症
土肥 美智子先生
日本サッカー協会診療所
院長
本コンテンツは、OG SCOPE Vol.11 No.1 最新医学レポート(2022年2月発行)の記事を一部再編集しております。
はじめに
筆者が以前勤務していた国立スポーツ科学センター(JISS)スポーツクリニックではアジア大会やオリンピック競技会に参加するアスリートの派遣前メディカルチェックを行っている。その中でアジア大会はオリンピック競技大会(2012年ロンドンオリンピックでは26競技)より多くの競技とアスリートが参加するため、自施設では最も多くのアスリートを扱う派遣前メディカルチェックとなる(表1)。今回は2018年アジア大会派遣前メディカルチェックを行った女性アスリートのうち閉経前のアスリート439名のデータを基に女性アスリートと月経困難症について述べる。
女性アスリートと月経困難症の疫学
年齢分布は15~43歳で、平均年齢は24.0歳であった。
初経発来がないアスリートは3名(15,16,17歳)(0.7%)、続発性無月経は5名(1.1%)、月経周期異常は23.0%、遅発月経は1.0%であった(図1)。
今回の調査では、軽度の月経困難症が186名、重度の月経困難症は131名であった。つまり72.2%の選手が月経困難症を自覚していることになる。
アジア大会よりも競技数が少なく、よりパフォーマンスレベルが高いオリンピック選手を含む2011-12年でのデータでは続発性無月経が5.3%、月経周期異常は32.9%と報告されており(図2)1)、競技レベルや競技種目、年齢分布による差異は考慮しなければならない。
月経困難症と治療
月経困難症の治療に多用されるのは鎮痛薬である。治療において、当然のことであるがアドヒアランスが大事であり、アスリートにおいても同様か、パフォーマンスを考慮するとなおさらである。鎮痛薬を服用するアスリートは多いが、中には効果がないと答え、服用をやめてしまうアスリートも少なくない。よく問診をしてみると服用方法が適切でないことが多い。鎮痛薬は痛みの原因であるプロスタグランジンの合成を阻害するため、痛みのピークに達する前の服用が効果的であるにも関わらず、極力使用を避け、我慢した後に、痛みのピークで痛みに耐えられず、やっと服用するようである。しかしこの時にはすでにプロスタグランジンが合成されてしまっているため鎮痛薬の効果が少なくなるのは当然であると思われる。なぜ極力使用を避けるのか、それは後述するドーピング違反を恐れたり、自分は身体的に強いから薬に頼りたくないというような、アスリート独自の理由があると思われる。今回の調査では、月経困難症で鎮痛薬を服用しているアスリートは132名(41.6%)であった。
近年、低用量ピルと同じ成分の低用量エストロゲン・プロゲスチン配合薬が月経困難症に対して保険診療になっていることや、試合でのコンディションを考慮して月経移動を行うアスリートも少なくない。今回の調査では、低用量ピルの使用が月経困難症の治療なのか月経調節のためかは不明ではあるが、使用しているのは、症状の重いアスリートで16名(12%)、症状の軽いアスリートで11名(6%)であった。
月経困難症で鎮痛薬を服用しているアスリートのうち月経中にコンディションが悪いと回答しているアスリートは61名(46%)にのぼる。アスリートにとっては症状の改善は当然、コンディションをどのように良好に保つかも一般人とは異なる課題である。実際筆者は月経困難症で大事な試合を落としてしまったアスリートがいたことを残念ながら経験している。コンディションを整え、試合において最大限にパフォーマンスを発揮するために、月経困難症のコントロールは重要なのである。
一方競技スポーツに関わるアスリートおよびその関係者はアンチ・ドーピング規程を遵守しなければならない。禁止されている物質と方法が世界アンチ・ドーピング規程の中の禁止表国際基準に記載されている。月経困難症で使用される鎮痛薬、低用量ピルおよびプロゲスチン製剤はドーピング禁止物質に含まれないので、正しい知識を持って薬剤を適切に使用すれば月経困難症は十分コントロール可能である。
いずれにしても禁止表国際基準は毎年1月1日から更新されることもあり、処方する場合には使用可能かどうかを確認することは主治医として重要なことである。
月経周期とコンディション
月経周期とコンディションの良し悪しをみてみると、コンディションが悪いと感じている月経周期は黄体期と月経期でそれぞれ38.5%と35%であった(図3)。一方、コンディションが良いと感じている月経周期は卵胞期であり47.2%であった。良し悪しが月経周期と関係ないと回答しているアスリートもそれぞれ約3割程度存在していた。月経期にコンディションが悪いと感じているアスリート154名のうち16名は月経困難症で鎮痛薬を内服していた。また36名はホルモン剤を使用しており、23名は使用したいと回答している。
ホルモン剤とパフォーマンス
低用量ピルが月経困難症に対しての治療や月経移動のためにアスリートにおいても使用され、その効果がうたわれている反面、副作用を心配するアスリートも少なくない。アスリートにとって治療薬は、症状の改善をするものであるのは当然だが、パフォーマンスを低下させないという条件を満たさないと使用されない。副作用の中で最も懸念されているのは体重増加である。JISSで行われた研究2)ではアスリートにおいて低用量ピルによる体重や体脂肪の増加は認められていない。体力や疲労など体調の変化と関連のある安静時心拍数や心臓自律神経系活動の変化、更には有酸素性能力の変化、筋力、無酸素パワーにも大きな変化がなく、低用量ピル服用によるコンディションおよび運動パフォーマンスの明らかな低下は認められていない。ただし乳酸応答については、2mmol/Lより低負荷の時の血中乳酸濃度が自然周期に比べて低用量ピル服用期に高くなる可能性が示されており、今後さらなる検討が必要である。
低用量ピルによる副作用が強い場合や体重の減量に影響のある場合に、プロゲスチン製剤が用いられることがあるが、このプロゲスチン製剤においても、体組成や運動パフォーマンスへの影響は少ないとする報告があり3)、アスリートの個々の状況にあわせてホルモン剤の選択が可能である。
おわりに
アスリートにとって月経困難症は身近な疾患であり、適切に治療を行えばコントロールは十分可能である。その反面、適切な治療を行わなければ、試合を落とす(大会で良いパフォーマンスを発揮できない)という結果を招き得る疾患でもある。アドヒアランスやアンチ・ドーピングを含め、アスリートへの教育は重要である。
文献
- 1)能瀬さやか、土肥美智子、難波 聡、他:女性トップアスリートにおける無月経と疲労骨折の検討.日本臨床スポーツ医学会誌 22 (1) : 67–74, 2014
- 2) Health Management for Female Athletes Ver.3 平成30年度 スポーツ庁委託事業 実態に即した女性アスリート支援のための調査研究:89–103
- 3) Health Management for Female Athletes Ver.3 平成30年度 スポーツ庁委託事業 実態に即した女性アスリート支援のための調査研究:106–107