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- 東京女子医科大学 編 Q3
心電図クイズ
東京女子医科大学 編
院外心停止を来した76歳の女性
難易度
- 出題:
-
- 東京女子医科大学 循環器内科 准講師
中尾 優 先生
- 東京女子医科大学 循環器内科 准講師
- 症 例
- 76歳,女性
- 主 訴
- 院外心停止
- 現病歴
- これまで内科的疾患での通院歴はなく,健診もここ数年は受けていなかった。同窓会での食事中に気分不快があり,トイレに行こうとした際に意識消失。心肺蘇生(Bystander CPR)が行われ,救急隊到着前後で自動体外式除細動器(AED)により計5回のショック作動があるも自己心拍再開せず。当院救命救急センターに搬送となった。当院到着時は無脈性電気活動(PEA)状態であり,アドレナリン投与後に心拍再開(ROSC)。ROSC後の12誘導心電図を図1に示す。
- 既往歴
- 特記事項なし
- 家族歴
- 特記事項なし
- 内服薬
- なし
- 身体所見
- (ROSC)意識レベルJCSⅢ-300,血圧170/130 mmHg,脈拍91回/分・不整,身長不明,体重不明
- 胸部聴診
- Ⅲ音亢進,Ⅳ音なし,心雑音なし,両側肺野全体に湿性ラ音を聴取
- 血液検査
- WBC 14,860/μL,Hb 11.5g/dL,Plt 23.6×104/μL,BUN 14mg/dL,Cre 0.78mg/dL,AST 187IU/L,ALT 135IU/L,
LDH 546IU/L,CK 216U/L,CK-MB 67U/L,LDL-C 143mg/dL,Na 139mEq/L,K 2.8mEq/L,Cl 104mEq/L,乳酸 7.8mmol/L - 心エコー図検査
- 左室拡張末期径49mm,左室収縮末期径31mm,左室駆出率66%,有意な弁膜症は認めない。
ST波の変化
右冠動脈の急性閉塞による下壁急性心筋梗塞
解 説
本症例の心電図所見と診断について
本症例では,下壁誘導(Ⅱ,Ⅲ,aVF)でのST上昇と対側性変化(reciprocal change)として前胸部誘導でのST低下を認めており,典型的な下壁の急性心筋梗塞の所見であった。なお,V1誘導でのST上昇はなかった(本症例では記録されていなかったが,右室梗塞の合併の有無を判断するために右側胸部誘導も記録し,V4Rの1mm以上のST上昇がないことを確認する方が望ましい)。また,心室性不整脈も単発ながら頻回に出現している状態であった。
下壁梗塞に関し特に注意すべき点としては,①急性大動脈解離の合併の有無,②房室ブロック,③右室梗塞-が挙げられる。本症例では心エコーで下壁の壁運動低下を認め,心囊水の貯留および右室の壁運動低下は認めなかった。ただ大動脈基部の心エコーでの描出が不良であり,急性大動脈解離(とそれに伴う右冠動脈閉塞)の可能性が完全には否定できなかったため,CTにより大動脈解離のないことを確認後に緊急で冠動脈造影を施行した。冠動脈造影の結果を図2に示す。
図2の通り,冠動脈造影では右冠動脈中部での閉塞,左前下行枝近位部での閉塞,左回旋枝の中部での閉塞の3枝病変を認めた。また右冠動脈閉塞部の近位より分岐する右室枝からは,心尖部を回って左前下行枝に側副血行路が認められた。この造影所見だけでは,今回の心筋梗塞の責任病変がどこかの判別は不能であるが,①心エコーで下壁の壁運動低下を認めていた(前壁中隔〜心尖部,側壁の壁運動低下はなかった),②心電図でreciprocal changeを伴う下壁誘導でのST上昇を認めていたことから,責任病変は右冠動脈であると診断できた。このように冠動脈造影だけでは責任病変の判別ができない病変も,心電図を注意深く見ることで責任病変判別の一助になる事例を多く経験する。
本症例の経過と治療について
本症例では,体外式ペースメーカーを挿入後に右冠動脈に対して経皮的冠動脈インターベンション(PCI)を施行した(図3)。血行動態は保たれており機械的補助デバイスは必要とせず,神経学的予後改善のために心臓集中治療室(CCU)入室後から標準体温療法(深部体温37℃以下を目標)を24時間行った。しかし鎮静,鎮痛を中止してからも意識の改善はなく,第4病日に撮像した頭部CTでも広範な脳浮腫と脳溝の消失を認めた(図4)。神経学的予後は非常に厳しく,その後気管切開を行い療養型病院に転院となった。