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- 東京女子医科大学 編 Q2
心電図クイズ
東京女子医科大学 編
心電図異常で受診した50歳の男性
難易度
- 出題:
-
- 東京女子医科大学 循環器内科 講師
鈴木 敦 先生
- 東京女子医科大学 循環器内科 講師
- 症 例
- 50歳,男性
- 主 訴
- なし
- 現病歴
- 高校生のころから尿蛋白陽性の指摘あり,39歳時に透析導入となった。1年後に母親をドナーとした生体腎移植術を施行した。50歳時の心電図検査で心肥大を指摘され,心疾患の有無精査目的で当科紹介受診となった。受診時の12誘導心電図を図1に示す。
- 既往歴
- 末期腎不全,生体腎移植(40歳),高血圧
- 家族歴
- 特記事項なし
- 内服薬
- アジルサルタン40mg/日,タクロリムス2.5mg/日,ミコフェノール酸モフェチル1,000mg/日,メチルプレドニゾロン2mg/日
- 身体所見
- 血圧125/64mmHg,脈拍65回/分・整,身長169cm,体重63kg
- 胸部聴診
- Ⅲ音,Ⅳ音なし,心雑音なし,呼吸音正常
- 血液検査
- WBC 7,450/μL,Hb 10.7g/dL,Plt 28.5×104/μL,BUN 35mg/dL,Cre 2.16mg/dL,AST 24IU/L,ALT 15IU/L,
LDH 219IU/L,Na 142mEq/L,K 4.6mEq/L,Cl 108mEq/L,NT-proBNP 28.9pg/mL - 心エコー図検査
- 左室拡張末期径38mm,左室収縮末期径25mm,心室中隔壁厚13mm,左室後壁厚13mm,左室駆出率61%,有意な弁膜症は認めない。
PQ時間,R波
ファブリー病による心肥大
解 説
本症例の心電図所見と診断について
本症例の心拍数は65回/分で,基本調律は洞調律である。PQ時間は110msecと短縮を認め,RV5+SV1は3.9mVと左室高電位を認めた。心臓超音波検査では左室収縮能は正常であったが,左室肥大所見を認めた(図2)。本症例では若年からの腎機能障害とともに,左室肥大所見を認めていた。血液検査結果から,α-ガラクトシダーゼ(α-Gal)活性は,0.4nmol/h/mLと低下しており,遺伝子検査を実施したところGLA遺伝子変異を認め,ファブリー病と診断された。
ファブリー病は,ライソゾームにあるα-Galの欠損により,グロボトリアオシルセラミド(GL-3)などの非還元末端にガラクトースを持つ糖脂質が血管内皮細胞,心筋細胞,神経節細胞をはじめさまざまな細胞に蓄積し,腎臓や心臓を中心とする各臓器に関連する種々の臨床症状を呈する。X染色体上の遺伝子異常に起因するX連鎖性遺伝形式の疾患である。
ファブリー病では,心筋細胞にスフィンゴ糖脂質が蓄積し,左室肥大または右室肥大を認め,心障害を呈する。また,スフィンゴ糖脂質の蓄積は刺激伝導系の細胞にも生じ,さまざまな心電図異常や不整脈が観察される。心障害が軽度である若年時には心症状を認めないことが多いが,病期の進行とともに心障害の増悪を認め,心不全症状や不整脈による症状が出現する。人工多能性幹(iPS)細胞由来のファブリー病心筋細胞を用いた検討では,ナトリウムおよびカルシウムチャネル機能の変化に伴い,自発活動電位がより高く,より短くなることが報告されている。これらは,蓄積されたスフィンゴ糖脂質がイオンチャネルの発現および/または細胞膜輸送を変化させることで,心筋細胞の電気的特性を変化させる可能性を示唆している1)。Namdarらは,副伝導路を伴わない短いPR間隔などの心電図異常は,心房および心室筋細胞における伝導速度の上昇によるものとしている2)。
本症例の経過と治療について
本症例では,ファブリー病に対する酵素補充療法(ERT)を開始した。ファブリー病に対する治療は,変異酵素蛋白を修飾することにより酵素活性を上昇させるケミカルシャペロン療法,酵素蛋白を補充するERTがある。ERTでは酵素製剤を2週間に1回投与するが,患者が効果を実感しにくいため,コンプライアンスの維持が重要である。
文献
- 1)Birket MJ, et al. Stem Cell Rep 2019; 13: 380-93.
- 2)Namdar M. Front Cardiovasc Med 2016; 3: 7.