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心電図クイズ

熊本大学大学院 編

動悸症状のある60歳男性

難易度

出題:
  • 熊本大学大学院 生命科学研究部 循環器内科学講座 准教授 
    海北 幸一 先生
症 例
60歳,男性
主 訴
動悸
現病歴
出生時より脳性麻痺を指摘されており,介護施設に入所中であった。これまでに胸部症状の自覚なし。日中に動悸発作があり,近医に搬送後12誘導心電図が記録された。薬物治療で改善が見られなかったため,カルディオバージョンを施行して洞調律に復帰した。その後,精査加療のため当大学病院に搬送され入院となった。当院来院時の非発作時の12誘導心電図を図1に示す。
既往歴
脳性麻痺
家族歴
特記事項なし
主な内服薬
フェニトインナトリウム散10% 7.5g,フェノバルビタール散10% 3g,レベチラセタム錠500mg 2錠,クロナゼパム錠0.5mg 1錠
身体所見
血圧100/56mmHg,脈拍60回/分・整,身長170cm,体重70kg
胸部聴診
音,音なし,心雑音なし,呼吸音正常
血液検査
WBC 5,900/μL,Hb 12.8g/dL,Plt 17.6×104/μL,BUN 10.3mg/dL,Cre 0.84mg/dL,AST 17IU/L,ALT 22IU/L,LDH 149IU/L,Na 141mEq/L,K 4.1mEq/L,Cl 106mEq/L,BNP 39.4pg/mL
心エコー図検査
左室拡張末期径52mm,左室収縮末期径37.7mm,左室駆出率60%,右室の拡大と中等度の三尖弁閉鎖不全が認められる。

図1.来院時12誘導心電図

QRS波の直後の波形

ε波(不整脈原性右室心筋症による)

解 説

本症例の心電図所見と診断について

本症例は,来院時の12誘導心電図上,心拍数50bpmの洞調律で,V1~4誘導にT波の陰転化,V1,V2誘導でQRS波の直後にイプシロン(ε)波が認められた。図2に示すように,ε波はpostexcitation waveとも呼ばれるQRS波の終了直後に認められる小さな電位で,不整脈原性右室心筋症(arrhythmogenic right ventricular cardiomyopathy;ARVC)に特徴的な心電図所見として知られている。心筋変性による右室内の伝導遅延を反映していると考えられ,ARVCに伴うリエントリー性心室頻拍の形成に寄与している。前医での動悸発作時の12誘導心電図(図3)でも右心室起源であることが推察される完全左脚ブロックパターンの単形性心室頻拍が認められており,右室の再分極障害を反映するとされるV1~3誘導でT波の陰転化を認めること,また心臓超音波での右室拡大の所見も考慮すると,ARVCに合致するものと考えられた。
ARVCは,1977年にFontaineらによって報告された疾患概念であり,特に若年における心臓突然死の主要な基礎心疾患として知られている。右室心筋の脂肪変性および心筋の線維化(fibrofatty replacement)が主たる病理所見であり,遺伝性心筋疾患の一種として分類されている。右心室の脂肪変性は,右室拡大や壁運動異常による右心不全の原因となるとともに,右心室起源の心室細動や心室頻拍などの致死的頻脈性不整脈を引き起こす。これらの致死性不整脈がARVCにおける突然死の機序であり,若年では最初の心イベントが突然死という症例もある。心筋変性自体が進行性であるため,心室頻拍が単原性で抗不整脈薬やカテーテルアブレーションなどにより,一時的に不整脈のコントロールができていたとしても,新たな心室性不整脈が生じる可能性が高く,将来的な心臓突然死予防のために植え込み型除細動器(ICD)の移植が推奨されている。

図2.イプシロン(ε)波

図3.前医での動悸発作時の12誘導心電図

本症例の経過と治療について

前述した洞調律時および発作時の12誘導心電図,心臓超音波,心臓MRIの所見上,右室拡大と右室前壁側の壁運動異常からARVCと診断した。慢性心不全加療および致死性心室性不整脈再発予防として,カルベジロール10mg,アミオダロン100mgにて経過観察中である。また,入院中に突然死予防のためICD植え込み術も検討された。しかし基礎疾患に脳性麻痺があり,日常生活の活動性低下があること,本人の同意が得られなかったこともあり,ICD植え込み術は施行されていない。幸いなことに,現在までに失神などの自覚症状や心室頻拍の出現もなく経過している。

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