- 医療関係者向けホーム
- 精神科領域
- レクサプロ
- Pick Up
- うつ病患者さんの社会復帰へのアプローチ 第1回
Pick Up
2020年03月10日公開
- 【監修】
- 名古屋大学大学院医学系研究科
精神医学・精神生物学・発達老年精神医学・親と子どもの心療学・精神医療学(寄附講座) - 教授尾崎 紀夫先生
うつ病治療の目標
うつ病患者の職場復帰の壁
労働者のうつ病においては、社会的機能である労働遂行能力を回復し、最終的に社会復帰に至るまでを視野に入れた治療が求められます。
これまでの検討で、うつ病ではその重症度が労働遂行能力の指標である労働生産性の低下と関連することが示されている1)一方、抑うつ症状が軽度でも、労働生産性が低下することが示されています2)。
- 1)Beck A, et al. Ann Fam Med 9(4): 305-311, 2011
- 2)Jain G, et al. J Occup Environ Med 55(3): 252-258, 2013
うつ病は、世界的にみると障害生存年数(YLD)が全疾患の7.5%を占め、非致死的な健康損失要因の1位であり3)、日本における障害調整生存年数(DALY)は、がんに次いでうつ病が2位となっています4)。そして実はうつ病の社会的損失を費用として推計すると、直接費用である医療費ではなく、それ以外のコスト、間接費用の割合が約9割と大きく、その間接費用の中で労働生産性の低下コストが最も大きい割合を占めています5)。
- 3)WHO. Depression and Other Common Mental Disorders Global Health Estimates, p13, 2017
- 4)「健康日本21(総論)」(厚生労働省)
https://www.mhlw.go.jp/www1/topics/kenko21_11/s0f.html
(2019年6月27日に利用) - 5)平成22年度厚生労働省障害者福祉総合推進事業補助金「精神疾患の社会的コストの推計」 事業実績報告書 平成23年3月 学校法人慶應義塾(厚生労働省)
http://www.mhlw.go.jp/bunya/shougaihoken/cyousajigyou/dl/seikabutsu30-2.pdf
(2019年6月27日に利用)
労働生産性の低下は、「absenteeism(休業により労働生産性が低下した状態)」と「presenteeism(出勤はしているが、健康問題により労働遂行能力が低下し、労働生産性が低下した状態)」の2つに分けて理解され6)、特に、重要となるのがpresenteeismです。WHO世界精神保健調査のデータを用いた本邦の精神障害による労働生産性損失の検討では、12ヵ月以上のうつ病はabsenteeismとは有意な関連はなく、presenteeismと有意に関連することが示されています[回帰係数 b=-1.1、95%CI:-1.8~-0.3、線形回帰分析]7)。
また、日本人労働者1831例を対象とした調査において、調査開始時にpresenteeismが認められた場合、presenteeismがない場合と比べた2年間の追跡期間中にうつ病・うつ状態、精神疾患で欠勤するリスクの年齢・性別による調整後の絶対オッズ比は4.4でした8)。
このように、うつ病による労働生産性の低下はpresenteeismという労働遂行能力で評価するのが適切と考えられます。
また、うつ病患者さんでは、たとえ治療により症状が改善しても、労働生産性の低下が持続する場合もあること6)にも留意します。
- 6)宮田明美他. 臨床精神薬理 20(3): 277-282, 2017
- 7)Tsuchiya M, et al. Psychiatry Res 198(1): 140-145, 2012
- 8)Suzuki T, et al. J Affect Disord 180: 14-20, 2015
社会復帰・職場復帰
までの道のり
うつ病患者さんの治療において社会復帰・職場復帰を成功させるためには、焦らず、急がず、時期に応じた準備を行い、症状の改善に加え、労働遂行能力の回復を目指すことが大切です。
労働者の職場復帰については、症状を改善するための「治療専念期」、職場復帰のためのウォーミングアップの時期である「リハビリ期」、職場復帰に自信が出てくる「職場復帰準備期」、そして「職場復帰後」に分けて考えます。
次からは、各時期の
ポイントを説明します。
治療専念期のポイント
治療経過の初期には、患者さんとの関係構築に配慮し、心理教育を実施しながら治療を導入します1)。
最初に関係性ができていないと医師の方針と患者さんの考えがすり合わず、結局、回復まで到達できない可能性があります2)。
薬物療法は、抗うつ薬を十分量、十分な期間、服用することが基本3)となります。
- 1)尾崎紀夫. 精神神経学雑誌 112; 10: 1048-1055, 2010
- 2)川嵜弘詔他. Depression Journal 2(3): 11-17, 2014
- 3)日本うつ病学会 気分障害の治療ガイドライン作成委員会.: 日本うつ病学会治療ガイドライン Ⅱ. うつ病(DSM-5)/ 大うつ病性障害 2016, p20
リハビリ期のポイント
リハビリ期は職場復帰のためのウォーミングアップとして、生活のリズムを整え、体力、集中力の回復を目指します。
行動面としては、昼間の活動性を増やしながら睡眠覚醒リズムを整え、戻るべき職務に合わせた作業能力の向上を図ります1)。再発を繰り返していたり、職場復帰に難渋する症例では、治療過程においてリワークプログラムを取り入れることも考慮します1)。
また、症状が改善しても残遺症状がある可能性や再燃・再発リスクの観点から、薬物療法を続けることが大切です。
- 1)尾崎紀夫. 精神神経学雑誌 112; 10: 1048-1055, 2010
職場復帰準備期のポイント
職場復帰後のポイント
職場復帰後も、復職はゴールではなく、あくまでも通過点と捉え、再発を予防するために適切なフォローを続けていくことが大切です。特に、職場復帰して1~3ヵ月程度は、まだまだ不安定な状態であることに注意したほうが良いと考えます。
薬物療法は、この時期も再発予防のため、ある程度続けることを検討します。
日本うつ病学会治療ガイドラインでは、特に「抑うつ相を繰り返す患者は再発危険率が高いが、これらの再発性うつ病の患者に対しても抗うつ薬を1~3年間急性期と同用量で継続使用した場合の再発予防効果が立証されている。したがって、再発例では2年以上にわたる抗うつ薬の維持療法が強く勧められる」1)と記載されています。こうした点を考慮しながら、薬物療法をいつまで続けるかについては、「メリット・デメリットを考慮し、患者とのshared decision makingの姿勢を保って、処方を検討していく」2)とされています。
- 1)日本うつ病学会 気分障害の治療ガイドライン作成委員会.:日本うつ病学会治療ガイドライン Ⅱ. うつ病(DSM-5)/ 大うつ病性障害 2016, p25
- 2)日本うつ病学会 気分障害の治療ガイドライン作成委員会.:日本うつ病学会治療ガイドライン Ⅱ. うつ病(DSM-5)/ 大うつ病性障害 2016, p26
うつ病の社会復帰・職場復帰は1段階ずつ着実に
労働者のうつ病治療においては、
うつ病により低下している労働生産性の回復を視野に入れることが求められます。
また、職場復帰後も人間関係などに躓いたり、
ストレスに捕らわれ過ぎてしまわないために、
焦らず、急がず、時期に応じた準備を行い、
1段階ずつ慎重に着実に治療を進めていくことが大切となります。
次回は社会復帰のために適した薬物療法と
リワークプログラムについて詳しくご紹介します。