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Pick Up
2023年3月7日公開
“産婦人科医の視点から考えるPMS/PMDD診療”
PMS/PMDDの歴史:疾患概念が確立するまで
月経前に身体的・精神的変調を来す女性の存在は、婦人科領域において古くから知られており、1931年に「月経前緊張症」として論文発表され1)、1953年には英国のDaltonらによって、エストロゲンとプロゲステロンの変動により月経前に特徴的な症状を繰り返す状態を「月経前症候群(PMS)」として命名されました2)。
精神科領域では、1987年のDSM-ⅢにおいてPMSの重症型で精神症状が強い症例を「黄体後期不快気分障害(LLPDD)」と定義され、1994年のDSM-Ⅳでは特定不能のうつ病性障害の1つとして「月経前不快気分障害(PMDD)」という疾患概念が規定されました。そして2013 年の DSM-5では、PMDDは抑うつ障害群のカテゴリーに分類され、大うつ病性障害とは独立したうつ病の1つとして定義されました3, 4)。
米国産婦人科学会では、多岐にわたるPMS症状の中から仕事や対人関係への影響が前面に出ている状態をPMDDとし、PMSの特殊型と捉えていることから、独自の診断基準は策定されていません(図1)4)。PMSは様々な精神的・身体的症状を包含する症候群で、PMDDは主に精神症状を主体としたうつ病の一種として捉えられています。
図1. 産婦人科の立場からみたPMS/PMDD
産婦人科の立場からみたPMS/PMDD
アメリカ産婦人科学会では…
PMSの特殊型としてPMDDの存在を認めているため、
学会として独自の診断基準は策定していない
PMDDは…
症状やその程度が様々であるPMS のなかで、
特に仕事や対人関係への影響が前面に出ている状態
PMS = 症候群
様々な精神的・身体的症状を包含
PMDD = うつ病の一種
主に精神症状
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武谷雄二:PMS 月経前症候群 正しい知識をもつために. MEDICAL VIEW, 2020より作成
PMS/PMDDの診断基準
米国産婦人科学会によるPMS診断基準では、過去3回の連続した月経周期において月経前5日間に精神的症状(抑うつなど)および身体的症状(乳房緊満感・腫脹など)のうち、少なくとも1つが存在することと定義しており(表1)5)、欧米と同じ診断基準を用いたわが国の研究では社会生活困難を伴うPMSの頻度は5.4%であったことが報告されています6)。
一方、DSM-5のPMDD診断基準(表2)はより厳密で、月経前の1週間に情緒不安定などの症状〔基準B、(1)-(4)〕が1つ以上、そのほかの症状〔基準C、(1)-(7)〕を含めて5つ以上の症状がほぼ毎周期出現し、月経が始まると改善、月経開始後1週間で消失または最小限になること、症状の程度は「日常の仕事・学業などができなくなるほど」とされています3, 4)。さらに過去1年間の症状の有無、診断後の2周期でも症状が認められるか等の条件もあります。
産婦人科医の視点では、PMSとPMDDは連続して起きる疾患と捉えており、PMSとして診療するなかで精神症状が顕著な場合や、月経周期との関連がないと思われた場合には、精神科医に連携を依頼しています。また、PMSとPMDDは個々人で異なり、さらに月経周期ごとに変動することから、明確に区別することは困難であると考えています。
表1. PMSの診断基準:米国産婦人科学会
PMSの診断基準:ACOG
過去3回の連続した月経周期のそれぞれにおける月経前5日間に、下記の精神的および身体的症状のうち、少なくとも1つが存在すれば月経前症候群(PMS)と診断できる
精神的症状
- 抑うつ
- 怒りの爆発
- 易刺激性・いらだち
- 不安
- 混乱
- 社会的引きこもり
身体的症状
- 乳房緊満感・腫脹
- 腹部膨満感
- 頭痛
- 関節痛・筋肉痛
- 体重増加
- 四肢の腫脹・浮腫
- •これらの症状は、月経開始後4日以内に症状が解消し、少なくとも13日目まで再発しない
- •いかなる薬物療法、ホルモン摂取、薬物やアルコール使用がなくとも存在する
- •その後の2周期にわたりくり返し起こる
- •社会的、学問的または経済的行動・能力に、明確な障害を示す
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日本産科婦人科学会/日本産婦人科医会 編集:産婦人科診療ガイドライン 婦人科外来編 2020. P.174-176, 2020より改変転載
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〔American College of Obstetricians and Gynecologists: Premenstrual Syndrome. Guidelines for Women’s Health Care. A Resource Manual, Fourth Edition, 2014; 607-613(Guideline)〕
表2. PMDDの診断基準:DSM-5
PMDDの診断基準:DSM-5
- A.ほとんどの月経周期において、月経開始前最終週に少なくとも5つの症状が認められ、月経開始数日以内に軽快し始め、月経終了後の週には最小限になるか消失する。
- B.以下の症状のうち、1つまたはそれ以上が存在する。
- (1)著しい感情の不安定性(例:気分変動;突然悲しくなる、または涙もろくなる、または拒絶に対する敏感さの亢進)
- (2)著しいいらだたしさ、怒り、または対人関係の摩擦の増加
- (3)著しい抑うつ気分、絶望感、または自己批判的思考
- (4)著しい不安、緊張、および/または“高ぶっている”とか“いらだっている”という感覚
- C.さらに、以下の症状のうち1つ(またはそれ以上)が存在し、上記基準Bの症状と合わせると、症状は5つ以上になる。
- (1)通常の活動(例:仕事、学校、友人、趣味)における興味の減退
- (2)集中困難の自覚
- (3)倦怠感、易疲労性、または気力の著しい欠如
- (4)食欲の著しい変化、過食、または特定の食物への渇望
- (5)過眠または不眠
- (6)圧倒される、または制御不能という感じ
- (7)他の身体症状、例えば、乳房の圧痛または腫脹、関節痛または筋肉痛、“膨らんでいる”感覚、体重増加
注:基準A~Cの症状は、先行する1年間のほとんどの月経周期で満たされていなければならない
- D.症状は、臨床的に意味のある苦痛をもたらしたり、仕事、学校、通常の社会活動または他者との関係を妨げたりする(例:社会活動の回避;仕事、学校、または家庭における生産性や能率の低下)。
- E.この障害は、他の障害、例えばうつ病、パニック症、持続性抑うつ障害(気分変調症)、またはパーソナリティ障害の単なる症状の増悪ではない(これらの障害はいずれも併存する可能性はあるが)。
- F.基準Aは、2回以上の症状周期にわたり、前方視的に行われる毎日の評価により確認される(注:診断は、この確認に先立ち、暫定的に下されてもよい)。
- G.症状は、物質(例:乱用薬物、医薬品、その他の治療)や、他の医学的疾患(例:甲状腺機能亢進症)の生理学的作用によるものではない。
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日本精神神経学会(日本語版用語監修)、髙橋三郎、大野 裕 (監訳):DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル. P.171-174, 医学書院, 2014
PMS/PMDD診療における注意点
PMS/PMDDの発現時期
PMSの診断では症状のほかに、症状の発現時期も重要となります。PMSの症状は、排卵が終わって月経に至るまでの期間(黄体期)、特に黄体期の後半となる月経前5~7日に出現することが多く、月経開始までの数日間以上持続し、月経開始後数日以内に症状が軽快・消失します(図2)4)。なお、症状の出現時期には個人差があり、月経が始まってもしばらく症状が続く方や、月経開始後に症状が強くなる方もいます。
月経は痛みを伴ううえ、月経前からPMSの症状を意識していると、1ヵ月の半分以上は月経にとらわれてしまうことになります。そのため、産婦人科医は、いかに月経を不快に感じずに過ごせるかを意識しながら診療する必要があります。
PMS/PMDDのリスク因子
PMS/PMDDのリスク因子には、トラウマ、循環気質(気分が爽快となる時期と憂鬱となる時期が変動しやすい)、ストレス、肥満、生活習慣、家族歴などがあります4)。海外では、トラウマがある女性はトラウマのない女性と比較して発症率が4倍以上になるとの報告があります7)。仕事をしている女性、特に仕事の内容や量を自分で調節できない仕事をしている女性では、PMS/PMDDの頻度が高くなります8)。トラウマや循環気質、ストレスなどについては、セルフケアが重要になります。
PMS/PMDDの社会的認知
職場における女性の健康管理の観点からも、PMS/PMDDは大きな問題です。生理休暇という言葉が浸透し、月経時の痛みはある程度理解されていますが、月経以外の時期に女性がPMS/PMDDで悩んでいることについて認知が進んでいるとはいえません。PMS/PMDDの症状は対処が難しく、月経痛よりも持続期間が長いことから、月経痛よりもPMS/PMDDが働く女性を悩ませている可能性があります。
2018年に報告された「働く女性の健康推進に関する実態調査」9)では、女性特有の健康課題や症状によって女性従業員の52%が「職場で困った経験がある」、管理者の34%が「対処に困った経験がある」と回答しており、女性従業員では「月経関連の症状や疾病(月経不順・月経痛など)」が72%、「PMS等」が43%であったのに対して、管理者では「メンタルヘルス」が56%と最も多く、一方で「PMS等」は18%であったことから、PMSが認識されておらず、働く女性と管理者の間でギャップがあることがわかります。
図2. PMS症状の出現時期
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武谷雄二:PMS 月経前症候群 正しい知識をもつために. MEDICAL VIEW, 2020
PMS/PMDDと鑑別すべき疾患
PMS/PMDDと鑑別すべき婦人科疾患として子宮内膜症、子宮筋腫、更年期障害があります(表3)4)。子宮内膜症は、慢性的に下腹部痛や骨盤痛を呈し、精神の不安定やいらだちなどが二次的にみられ、月経が始まると痛みが強まることから、PMS/PMDDと比較的鑑別しやすい疾患といえます。一方、子宮筋腫では、月経前にしばしば筋腫が増大し、腹部膨満感や痛みが出現するため、PMS/PMDDと類似した症状が現れます。
また、40歳代の女性については、疲れやすさや気分の落ち込みを訴え、更年期障害を疑って受診した方がPMS/PMDDであることは少なくありません。PMS/PMDDと更年期障害は相互排除的なため、産婦人科医にとって鑑別は難しいものではありません。しかし、40歳代は月経が不規則になる年代であることから、他領域の医師には注意していただきたい疾患です。
そのほかPMS/PMDDと鑑別すべき内科的疾患として、甲状腺機能異常、神経疾患、心疾患などがあり、これらの疾患では慢性疲労症候群、線維筋痛症、片頭痛、過敏性腸症候群などといったPMDDと類似した症状を呈することもあります。
表3. PMS/PMDDと鑑別すべき婦人科疾患
PMS/PMDDと鑑別すべき婦人科疾患
子宮内膜症
・月経痛以外に慢性的に下腹部痛や骨盤痛を呈する
・精神の不安定、イライラなどが二次的にみられる
・月経が開始するとむしろ痛みは強まるため、比較的鑑別し易い
子宮筋腫
・月経量が増えたり、月経の期間が長引くことによって貧血になる
・月経前にしばしば子宮筋腫の増大がみられ、腹部膨満感や痛みが出現する
・PMS/PMDDと紛らわしい
更年期障害
・45歳以上 & 月経不順 or 無月経といったことが多い
・PMS/PMDDでは月経が規則的にみられる点が、更年期障害との鑑別ポイント
・但し、年齢に伴い月経が不規則になると気付きにくくなる
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武谷雄二:PMS 月経前症候群 正しい知識をもつために. MEDICAL VIEW, 2020より作成
テレサ福岡天神ウィメンズクリニックでの取り組み
当院では、女性のための「かかりつけ」クリニックを目指して、周産期、婦人科、ヘルスケアの3分野に対する診療を行っています。
婦人科での取り組みとして、Web問診を行っています。来院前にオンラインで回答いただくのですが、主訴に合わせた質問を設定することで、来院理由に合った情報を把握できます。さらにPMS/PMDDの診療では、症状日誌の記録が重要となるため、カレンダー形式のアプリを活用しています。患者さん自身が月経周期と症状を記録することで、変動の周期性への気づきにつながります。そして、その周期性に合わせて行動パターンを変えることで、症状と付き合えるようになります。
また、当院では女性のためのメンタルヘルスとして、女性心理士によるカウンセリングを実施しています(図3)。産婦人科(当院)が初診となる患者さんに対して、精神科領域に関わる症状について心理士が問診を行っています。とくにPMS/PMDDは婦人科領域、精神科領域にまたがる疾患であるため、各領域の医療者が協力して対応することが望まれます。
PMS/PMDDは女性のライフサイクルに応じて様々な問題が現れるため、切れ目のない、きめ細やかなヘルスケアを行う必要があります。そのため、「かかりつけ医」による診療が望ましいとされています。当院では女性のための「かかりつけ」になるために、クリニックを身近に感じてもらえるよう、受付スタッフや看護師が積極的に声掛けして、気軽に話ができる関係性を作るよう努めています。
図3. 女性のためのヘルスケア
女性のためのヘルスケア
女性心理士によるカウンセリングを実施
月経に関する悩み
・月経前症候群:PMS
・月経前不快気分障害:PMDD
ボディイメージのコンプレックス
・摂食障害
・神経性食欲不振症
パートナーとの関係
・性感染症
・domestic violence:DV
・性交痛
性被害
妊娠活動への不安な気持ち
更年期からの心身不調
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中西貴子先生 提供
コラム :PMS/PMDDと精神疾患との鑑別のポイント
精神疾患の月経前増悪やPMS/PMDDは、いずれも月経前に症状が現れるが、精神疾患では月経前以外の時期にも症状が認められることから、鑑別が可能である。また、基礎体温を記録して症状が黄体期に集中しているかどうか、妊娠中や授乳期または閉経後の症状の有無によっても鑑別することができる。婦人科医では超音波検査などによる排卵の有無、月経周期を基に精神疾患とPMS/PMDDの鑑別を行うことができる。
日本の精神科領域ではPMS/PMDDを「内的素因から発症する精神疾患ではなく、身体の異常に伴って発現する外因性の精神障害の一種」としており、脳以外の身体疾患によって発現する精神障害(症状性精神障害)として、マタ二ティー・ブルーズや産後うつ病、産後精神病、更年期障害なども同様の扱いになっている。
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武谷雄二:PMS 月経前症候群 正しい知識をもつために.MEDICAL VIEW, 2022
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1) Frank RT: Arch Neur Psych. 26: 1053-1057, 1931
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2) Greene R, Dalton K: Br Med J. 9: 1007-1014, 1953
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3) 日本精神神経学会(日本語版用語監修)、髙橋三郎、大野 裕 (監訳):DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル. P.171-174, 医学書院, 2014
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4) 武谷雄二:PMS 月経前症候群 正しい知識をもつために. MEDICAL VIEW, 2020
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5) 日本産科婦人科学会/日本産婦人科医会 編集:産婦人科診療ガイドライン 婦人科外来編 2020. P.174-176, 2020〔American College of Obstetricians and Gynecologists: Premenstrual Syndrome. Guidelines for Women’s Health Care. A Resource Manual, Fourth Edition, 2014; 607-613(Guideline)〕
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6) 日本産科婦人科学会/日本産婦人科医会 編集:産婦人科診療ガイドライン 婦人科外来編 2020. P.174-176, 2020
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7) Perkonigg A, et al: J Clin Psychiatry. 65: 1314-1322, 2004
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8) Kuczmierczyk AR, et al: J Psychosom Res. 36: 787-795, 1992
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9) 経済産業省ヘルスケア産業課:健康経営における女性の健康の取り組みについて. 2019
https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/healthcare/downloadfiles/josei-kenkou.pdf (2022年9月22日確認)