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痛風列伝 vol.3
栄光の陰で痛みに耐えつづけた
神聖ローマ皇帝カール5世
20代で、すでに手足に激痛が走る
16世紀の神聖ローマ帝国は、ヨーロッパからアメリカ大陸、果てはフィリピンにまでいたる大帝国でした。これを統治していたのが神聖ローマ皇帝のカール5世(以下、カール)です。
そのような栄光ある地位にあったカールを、ほぼ生涯にわたって苦しめたのが痛風でした。20代で、すでに手足に激痛が走ることがあり、しばしば思考も鈍るほどだったと伝えられています。
朝から冷たいビールをがぶ飲み
カールの痛風発症の原因は、主に食生活にあったようです。子どものころから大食漢で、肥満気味でした。成長してからは、そこにアルコールが加わり、朝から冷たいビールをガブガブと飲んでいました。
また、カールの大好物が「イワシのオムレツ、スペイン・エストレマドゥーラ産(イベリコ)のソーセージ、ウナギのパイ、塩漬けにしたヤマウズラ、肥えた雄鶏、マルメロ・シロップ、冷たいビールとライン産ワインの大びん」だったとの記述も残っています。このようなものを大量に摂取していれば、痛風のリスクは非常に高くなると考えられます。
症状悪化で手紙を書けず、戦にも敗北
晩年になってカールの痛風は、確実に悪化していきました。後にスペイン王フェリペ2世として即位する息子に宛てて出した手紙には、「痛風のために長く書くことができないので、秘書官に代筆させています」と書かれており、娘でポルトガル王太子妃のフアナ・デ・アウストリアに宛てた手紙でも「これは私の手で書かれていません」と明らかにしています。さらには、フランス王アンリ2世に占領された都市メスを奪還する試みを痛風の発作のため延期し、結果、冬が到来してしまい、メス奪還計画は無念にも失敗にいたります。
侍医の進言も無視して暴飲暴食
もちろん大帝国の皇帝ですからおつきの医師がおり、「陛下のお体はご自身のもののみならず、全世界のもの、全キリスト教徒のもの。どうぞ節制してください」といく度となく進言しました。それにもかかわらず、彼はまったく聞く耳を持ちませんでした。
強いストレスのために過食症だったとの説もありますが、いずれにしろカールは暴飲暴食をやめられませんでした。偉人と称される人物には、その栄光からは想像もできない悲劇がつきものですが、彼の輝かしい生涯には常に痛風の痛みが暗い影を落としていました。
- 参考文献
- 江村 洋著「カール5世 中世ヨーロッパ最後の栄光」(東京書籍) 114,288,337 1992
Ordi J,et al. The Severe Gout of Holy Roman Emperor Charles V NEJM 355,516-20 2006
